瑞穂の国、日本 (2014/3/5)

歴史を学ぶことは、今の社会の前提となっている要素を知り、知らず知らずのうちに制約されている思考や行動を確認するという意味がある。

そういう思いがあって、昨日の”まーけん(マーケティング研究会)”では、幕末から大正期までの経済史を取り上げた。

テキストは『日本経済の歴史 列島経済史入門』中西聡、名古屋大学出版会、2013年。

 

以下雑感。

まず、やっぱりペリーの黒船来航が変曲点だったということ。

生糸が米国で高く評価されて輸出がまたたく間に増え、生産地や流通商人の所得が上がる。

それがきっかけとなって社会に「格差」が生まれるが、それが購買力や投資力となって社会に自由な動きをつくっていく。

お上に統制されていた経済が、国外需要を起点に自由な取引に移行していった。

 

次に、日本は米の国、瑞穂の国だったんだなあということ。

江戸時代に頻発した飢饉は単純にいえば米不足。

きっと稲穂の生育を祈るような気持で眺めていたに違いない。

維新以降は植民地で米をつくって輸入する取り組みをしたり、米価を管理する規則をつくったり。

第2次大戦後の農地解放や現在のTPP交渉も含め、農業施策はどうやら民族のDNAに関わる問題らしい。

1890年の国内純生産に占める農業の割合は48%、ちなみに現在のGDP比は1%。

 

もう一つは、19世紀末からの10年おきの戦争で経済が大きく動いていったこと。

日清戦争の勝利で国際的に信用を築いて外資の投資を呼び込み、日露戦争でお金を失い、遠くの第一次大戦で一転ウハウハの好景気になる。

富国強兵、殖産興業の成果が端的に表れるのが戦争というイベントだ。

ものをつくり、売る側にとって、戦争はまたとない需要機会。

現在世界各地で起きている紛争も、実はほくそ笑んでいる人が必ずいる。

戦争のような蕩尽に頼らないで、いかに持続的に需要をつくりあげていくか。

これがビジネスパースンの使命だと改めて感じました。

Sugita’s Tweets

連絡先:
〒530-0002
大阪市北区曽根崎新地2-3-13
若杉大阪駅前ビル7階
tel/fax:06-6131-7861

地図はこちら
お問合せ

アーカイブ