成功と失敗の基準 (2017.8.30)

コンサルタント仲間の勉強会で『東芝解体 電機メーカーが消える日』(大西康之、講談社現代新書、2017年)を取り上げた。

著者は元日経新聞の記者で、取材経験が豊富。日本の電機メーカー8社を取り上げ、それらの「失敗」の要因を分析している。

さて、なにをもって「失敗」とするのか?

 

上場企業では評価基準は明快で、それは株価であり、その裏付けとしての利益である。

では、どの水準を達成すれば「成功」と言えるのか。

それに絶対的な基準はなく、他社と比較した相対的なものになる。

電機メーカーであれば、アップル、インテル、シーメンス、フィリップス、サムスンなどの海外企業が比較対象である。

 

これらの企業は、桁違いの大胆な投資を基に事業内容を柔軟に変えていっている。

この規模の企業になると、経営者の経験や感覚や「ヨミ」といったものではなく、合理性を基にしたトライ&エラーを繰り返していくことが必要だ。

派閥争い、お家騒動をやっている場合ではない。

グローバルな経営では人材の多様性や雇用の流動性が自ずから求められ、濃密な人間関係をベースとする家族的経営はそぐわない。

このような競争環境で「成功」するには、経営側・従業員側それぞれの意識変えていかなければならないのだと思う。

 

というようなことが一般論なわけだが、今一度なにが「成功」かを考えたい。

上場企業は建前上、株価を上げることが社会の富を増やすということで社会貢献になるから、大きく成長するビジョンを描き、実践している経営者が賞賛されるのは納得できる。

しかし、すべての経営者がそれを目指すべきだというのは現実的ではない。

企業が評価される基準はもっと多元的であってよいだろう。

 

経営者なら誰でも、「組織にとってちょうどよい成果」とはどのようなものかを考えている。

「ちょうどよい」という言葉が弱すぎるのであれば、組織にとって「望ましい」「ふさわしい」、あるいは「幸せを感じることのできる」成果と言い換えられる。

このような成果基準は、数字だけではなく質的な「ありたい姿」の記述を含むだろう。

お金を追求するだけではない経営を標榜するなら、このような目標=ビジョンを明示しなければならない。

 

実は、このような目標=ビジョンこそ、日本の電機メーカーに欠けていたものではないか。

だからこそ、コストダウン・リストラ・事業売却の悪循環に陥り、次の希望が見いだせない。

自らの成功基準を強く示さず、一般的な会計基準を借りてきて目標と称す。

そのような、「自分たちにとっての幸せ」を深く考えてこなかったことが「失敗」の根源ではないだろうか。

大手電機メーカーや経営者に限ることではなく、私たちビジネスパーソンすべての課題と考えたい。

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