『翻訳語成立事情』 (2019.4.27)

明治の時代になって欧米に追いつけ追い越せとなった時、先人は外国語の翻訳に苦労した。

問題は翻訳しようにも、そもそも対応する言葉がなかったこと。

社会(society)、個人(indivisual)、権利(rights)などなど、私たちが普通に使っている言葉でさえ、その時代の造語である。

対応する言葉がないということはそれを実践する習慣もないということで、つまり誰もよくわからないということだ。

とりわけ、福沢諭吉先生は妥協できない性格で、よくわからないことを正確に説明しようとして悩みに悩んだらしい。

まことに頭が下がる。

 

意味がよくわからない言葉は実は使い勝手がよくて、「これからの社会はね」と、中身が空虚でも何となく会話が成立する。

どうやら僕らはそのまま時を過ごして、わかったようなわからないような話をしているらしい。

ああ、ダイバーシティね。ああ、コンプライアンスね。

最近は漢字を当てるのも放棄してカタカナ語が多くなっている。

 
そんなことをロリケンで取り上げた『翻訳語成立事情』(柳父章)は教えてくれたわけだが、とりわけ気づいたのはつくづく日本人は「個が弱い」ということ。

社会、個人、自由、権利。

翻訳に苦労した言葉の多くが、立場を超えた平等な個人、権力が偏在していない組織、自ら責任を引き受けて何かを判断するといったことを前提とした言葉である。

個の弱さはサッカー代表の専売特許ではないのだ。

主従関係といった組織における立場があって、上であろうが下であろうが行動が規則や習慣に従うことに慣れていて、自分の判断で何かをするということが苦手のようだ。

 
個人の自律的な判断は苦手だが、みんなが一緒に力を合わせることは得意である。

大災害やリーマンショックのような未曾有の大惨事には強い。

これはこれで文化的な特長と言えるだろう。

ところで、今日から10連休に突入した。

みんな一斉に休むからこそ、なんだかわくわくするのである。

 

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