『現代思想 2018年3月号 物流スタディーズ』(2019.8.7)

多くは採れない美味しい野菜が地元で流通している。

その評判がいつしか東京に伝搬して、見知らぬバイヤーなんかがやってきて注文が殺到する。

高い価格でも買いたい人がいるから値段が上がる。

そんなことで地元の食卓には上らなくなる。

東京にはライバルがたくさんいるので、生産者は形をよくしたり梱包を工夫したり、ネットの直販も始めたりする。


やがて飽きられて特需は終わる。

ネット販売の反応やクリック数やSNS投稿を分析して、サイトを修正したり価格を調整したりする。

野菜を作る仕事なのか、ネット情報を分析する仕事なのか、よくわからなくなる。

どんどん商売がリアルな実感から遠ざかる。

 

モノの流通に加え、ヒトも流通(移動)する。

京都のようなグローバル観光都市は話題が話題を呼び、ヒトがわんさかと押し寄せる。

結果、都市の魅力の一端を握っている住民が住みにくくなる。

観光客と住民、観光業者と住民の間に摩擦が生じる。

 

情報により需要が集中したり、突然なくなったりする。

根底にあるのは、無限に伝搬するデジタル情報と限りある物質のコンフリクト。

ヒトとヒトの摩擦に見えるものは、実はビットとアトムの間の摩擦。

ビットは増幅して軽やかにネット空間をかけまわり、アトムは特定の時間と場所に固着する。

 

買い手はビットを重宝し、売り手はアトムに拘束される。

お金はビットそのもので、ヒトは絶対的にアトムである。

ビットは奔放かつ短命な男性で、アトムは安定を求める女性である。

 

ビットとアトム、情報とモノ、グローバルとローカル。

これらの対比はそれぞれ同相であって、両者のコンフリクトが現代社会の課題だ。

それぞれの一つ目の言葉がスターとなる社会からはもう後戻りできない。

とは言え、二つ目の言葉を大事にしないとヒトはますます生きにくなり、結果的に経済活動は停滞する。

 

ロリケン(論理と倫理研究会)で取り上げた『現代思想 2018年3月号 物流スタディーズ ヒトとモノの新しい付き合い方を考える』の感想でした。

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