“21 Lessons” by Yuval Noah Harari (2020.6.29)

ハラリ氏の『21 Lessons』をロリケン(「論理と倫理」研究会)で読む。
よくTVに登場する歴史学者による、未来の課題を正しく理解するための21のレッスン。

ITとバイオテクノロジー(BT)が人間を変えていく。
AIなどのITの成果を享受できる高所得者とそうでない人たちがいる。
バイオテクノロジーにより、健康や知能もお金で買えるようになる。
一部の高所得の超人的人間と、その他の無用なホモ・サピエンスに二分化するというディストピアが描かれている。

そんな未来に対して、いたずらにビビるのではなく、まずは正しく課題をみつめようではないか、というのが本書のテーマ。

レッスンの一つ(一部)に、「情報は対価を払って集めるべき」「学術論文を読み込め」というくだりがある。
クリックを誘うことが主目的のヤフーニュースに頼るのではなく、有料の新聞などを読めということ。
一般論として、この主張はわかる。
とは言え、学術論文はムリだ。
凡人には情報処理の能力が追いつかない。

誰であれ、程度の差こそあれ、私たちはさまざまなフィルタを通った情報しかインプットできない。
偽情報も混ざるだろうが、そもそも論文の真偽の判断ができないのだから、いったんは摂取しないと始まらない。
結局、基本的には誰かの言っていることを信頼せざるを得ない。
人間はそういう風にしか生きられない。

21のレッスンの最終章は「瞑想」。
碩学ハラリ氏といえども、学術論文読破は不可能で、論理的な思考だけでななく、五感を磨き、集中力を高める必要もあるということか。

おおよそのことを信頼しながらも、言葉にならないザワザワとした違和感を見過ごさない。
騙されずに、「正しく」課題を認識するためには、そういった高度な技量が必要になる。
基本的には速球待ちで打ちに行き、フォークボールは見逃すという達人の技だ。

最終章のいささか怪しげなタイトルに、テクノロジーの支配に対抗するための、生身の人間の基本コンセプトが込められていると受け取った。

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