COMPANY's Dr. LOG

小説

第1話 目標さんの駆け落ち(その2) 

強い日差しのお昼過ぎ、スマホを片手に「ごめんください」と、大柄な女性が汗をふきふきやって来た。
「ああ、目標さんですね。お待ちしておりました」と僕は立ち上がって挨拶する。
女性は縦にも横にも大きな体で、派手な色使いの洋服に濃い化粧。目鼻立ちがはっきりしていて表情が豊か。第一印象はオペラ歌手で、そのまま遊園地のキャラクターにもなれそうだ。名刺を出すしぐさや椅子に座る動作など、すべての動きが大きくがさがさしていて、視野に入ると気にせずにはいられない、そんな人だ。
「バッドさん、久しぶり」と大きな声で目標さん。バッドさんはカウンター越しに小さく「どうも」と言うと、すぐに奥の厨房へ引っ込んだ。

暑いですねとか、場所すぐわかりました?とかの一通りの挨拶を僕と交わしたあと、おもむろに目標さんが相談ごとを切り出した。
「今日はね、私のことじゃなくて、社員さんについての相談なんです」
おや、気分が落ち込んでいるようではなさそうだ。
「社員さんがどうかしたんですか?」
目標さんは、ちょっとはにかんだ様子を見せながら、「わたしにグイグイこないんです」と言った。
「え?」と言葉の意味が呑み込めない僕。
「どういうことですか?」
「だから、わたしにグイグイこないんです」と彼女。
「この前なんか、社長が気前よく、わたしに到達したらボーナスをはずむって言ったんですけど、みんな知らんぷりなんです。みんなお金をほしくないんでしょうか? 『お前が大きすぎるから、営業の目標として全く機能していない』なんて言うんです。それじゃあ社員として失格でしょう?」
なるほど、そういうことか。目標が高すぎて社員の意欲に結びつかない。よくわるマネジメントの課題だ。
社員の気持ちになって改めて目の前の目標さんを見ると、派手過ぎるがゆえに現実感のない、テーマパークのキャラクターのように見えた。

そこにエプロン掛けのバッドさんがコーヒーを運んできた。長身を折りたたみ、丁寧にコーヒーカップをローテーブルの上に置いた。
目標さんは、「ありがとうございます」と言ってバッドさんを見る。
「昔は結構やりあいましたけど、今は喫茶店のマスターなんですね。お似合いですよ」とよく通る声で話しかけたが、バッドさんはそれには応えず、そそくさとテーブルを離れていった。
目標さんはコーヒーカップに一口つけた後、「バッドさんって、いかつい顔だけど、実は優しいでしょう?」と僕に尋ねる。
「優しすぎるから、わたしがいつもやり込めた感じになっちゃうのよ。でも、わたしのおかげでバッドさんの会社は随分と成長しましたから、感謝されてもいいわよね」
わざとバッドさんに聞こえるように言っているのか、声の調節が苦手なのか。きっと空気を読まずにあけすけに語るのが、生まれ持った彼女の性格なのだろう。僕はこの人と付き合う社員の苦労を想像した。

(その3に続く)

一覧へ戻る