COMPANY's Dr. LOG

小説

第1話 目標さんの駆け落ち(その5)

目標さんの会社は、港に近い、潮の香りがかすかにするところにあった。5階建ての自社ビルで、玄関には自社製品のサンプルや、いろんな賞状が置かれていた。

方針さんは、先に来て製品紹介パネルを熱心に見ていた。方針さんはひょろっとした筋肉質で細身の体形。とにかくフットワークが軽く、待ち合わせにはだいたい先に到着している。今日もジョギング帰りのような半袖短パンのラフな格好に小ぶりなリュックを背負い、首にかけたスポーツタオルで汗をふきながら待っていた。
方針さんと合流した僕は、受付の電話で目標さんを呼び出した。

「メールでお伝えしていましたように、今日は方針さんを連れてきました」
方針さんは礼儀正しく、「方針と申します。どうぞよろしくお願いします」とさわやかにあいさつした。
「あら、なんだか汗臭い人ねえ」
方針さんが低姿勢であるばかりに、目標さんの尊大な態度が強調される。
それでも、「汗かきでスミマセン。でも、動かないと僕の意味がなくっちゃいますから」と方針さんは動じない。さすが、百戦錬磨の仕事人だ。
「運動の先生? わたしにダイエットでもしろとおっしゃるの?」
「いえいえ、違います」と僕。
「目標さんは、そのままの大きな体ででんとしていてください。手の届きにくい、みんなの憧れの存在のままで結構です」とリップサービスを少々。
「あら、そう? では、この方は何をされるの?」

「あなたをゲットするために、社員がどうやって動けばよいか、その手掛かりになるのが方針さんです」
「ふーん、確かにそんな手掛かりがあれば便利だわねえ。で、それってどんな手掛かり?」
「先に言っておきますが、これからは、目標さんと方針さんは、ぴったりくっついて離れず、一緒に行動してもらいます」
「ええ?! こんな汗くさい人と四六時中一緒ですって?!」
「はい、わたしはいつもそういう役目なんです。まずはわたしから、わたしの役割と目標さんとの関係をお話しさせてください」と方針さん。
ここからはいつもの方針さんの口上がはじまる。僕はしばらくセリフがない。

「たとえば、今の売上が5百万円のときに、目標さんのレベルが1千万円だとしましょう。で、社員のみなさんが、よっしゃ、あと5百万円売るぞ、それに向かって努力しよう!となるといいですよね」
「はい、もちろん」
「それで皆さんが動けるなら、わたしは特にいなくていいんです。まあ、いた方がいいんですが、いなくても会社は動く」
「あら、いきなり自己否定ですか?」
「はい、目標さんがそこにいらっしゃって、あなた目掛けてみんなが走れれば、その会社はいい感じです。でも、こちらの会社はそうじゃない」
「ええ、残念ながら」

「で、わたしの出番。あなたと社員の橋渡しをするんです。たとえば目標さんの売上に達するように、まずお客さんの数を増やそうか、お客さんの数を増やすにも、リピーターを増やそうか、新規のお客さんを増やそうか、とそう考えます」
「普通の考え方ですわね」
「目標の売上を上げるために、お客さん一人当たりの客単価を想定して、リピーターを100人から200人に、新規顧客を50人から100人にそれぞれ増やすことにする。こんなふうに考えますよね」
「はい、まあ、そうですわね」
「この時点で、社員のみなさんが、『よっしゃ、やろう!』と動き出せれば、それが方針、すなわちわたしそのものです」
「あら、随分簡単なのね。」
「でも、きっとそうはならないんです」
「そうでしょう。そんなことで動けるなら最初から動けるはずですわ」

(その6に続く)

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