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桜橋ビジネス勉強会

平和な財

 

わが事務所の元スーパーアルバイターで、現在はヤマハ社のギター開発部に所属するエムラさんを招いて勉強会を行った。

楽器を弾けるということが、ネガティブに受け取られることはまずない。
音楽はそもそも楽しいもので、演奏すれば自分も周りも気分が上がる。
コンクールに出るような一部の専門家でない限り、「楽しむ」イメージが前景に出る。
バンドのコンセプトやスタイルや盛り上がりの熱量に差があっても、技量を競うことはない。
一定レベルで弾ける人は(そこまでが大きなハードルではあるが)、自分のレベルで楽しむことができる。
楽器は平和な財である。

使いこなすのに一定の技能を必要とする道具としてはスポーツ用品も同じだが、スポーツは必ずタイム、スコアといった序列にさらされる。
他人の誰かや、過去の自分と競争したりする。
それがトレーニングのモチベーションであり、新機材購入の動機でもあり、関連ビジネスの需要を喚起する。
楽器演奏には、そのような序列意識は希薄である。
競わない、平和な財である。

スポーツを応援する吹奏楽団や、軍隊を鼓舞する楽隊といったものはあるが、楽器そのものは絶対的に平和である。
平和で、競わず、心が穏やかになるという、いいことばかりの商材であるが、ビジネスの文脈に置くと喜んでばかりはいられない。
綿々と受け継がれた伝統があるから、製品デザインや機能に対するニーズは保守的で、イノベーションが起こりにくく、それゆえ買い替え需要も起こりにくい。
「画期的な楽器」という言葉で想起されるのは、得体のしれないキワモノである。
楽器は伝統、文化に粘着した財でもある。

平和な商品であるがゆえに、製品イノベーションが起きにくいというジレンマ。
楽器ビジネスの難しさはここに集約される。
競争に勝つこと、他人に対する優越感、承認欲求、際限のない欲望の再生産といった人間の性を刺激するマーケティング施策に舵を切るべきか?
演奏技量を定量化して向上心をあおったり、あこがれの超高額ハイエンド商品を作ったりするのがよいか?
そういった経済の論理に乗せて考えることが、果たして社会を豊かにしていくことなのか?

企業人の立場からは、その問いの答えは原則「イエス」である。
「イエス」を前提としたうえで、持続可能な「平和さ」をキープできるかどうか。
これは、実はビジネス界全体の大きな課題だ。
その普遍性のある課題が、先行して楽器業界に顕在化している。
現実的な施策展開と並行して、そのような大きな課題をエムラさんには考えていってほしいと思います。

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