土曜日の勉強会で、Z世代、起業家教育、AI活用などをテーマに議論した。
プロの歌を聞くのと自分で歌うのは違う。
自分の歌が商売になるかどうかは関係なく。
それでも歌うのが好きなら、まあまあ歌がうまくなる。
友達とカラオケに行ったり、コーラスに入ったりして人前で歌う。
拍手を浴びて、それも楽しい。
動画サイトに上げて、いいねをもらう人もいるだろう。
歌の練習にAIを使うことはできる。
トレーニングのプログラムを作ってくれるだろう。
いっそのこと、フォロワーを増やすためにAIに歌わせるか?
それはナンセンス。
歌うこと自体が好きなのだから。
もし、あなたが自主映画の制作者で、劇中歌を入れたいと思っているとする。
歌を歌ってくれる友人もいないし、自分も下手だとしたらAIを使うかもしれない。
ただし、映画そのものをAIに作らせるのはナンセンス。
AIの使い方は人それぞれ。
何かやりたいことがあれば、AIは助けになる。
自分の楽しさ、こだわりに応じてAIの使い方が変わる。
一方で、やりたいことがボヤっとしてても、AIでまあまあの品質でアウトプットできる。
時間つぶしにもいい。
でも、そればかりの人生はなんだか虚しい。
やりたいこと、楽しいこと、こだわりといったものを持つのは大切だ。
能動的であるべきということだ。
AIがあろうがなかろうが、昔からそうだ。
AIは、そういった能動的な行動を手助けしてくれる。
では、やりたいこと、楽しいこと、こだわりはどうやって見つけるか。
思春期の悩みであり、大人になるための悩みである。
頭で考えるだけではなかなか見つからない。
自分で見つけるには何らかの経験、体験、そして偶然がいる。
早熟な人は早く見つけられるし、年を取ってから見つける人もいるし、探し続けている人もいる。
たとえ見つからなくても、最初の一歩は自分から動く。
それが能動性で、それができる人が大人である。
だから、AIはどれだけ優秀でも大人ではないと思う。
