COMPANY's Dr. LOG

小説

第3話 コミュニケーションさんの引退騒動

■一
アイドルのたたずまいとはこういうものか。暖かい笑顔をたたえながらも、凛とした冷たさが同居している。すぐに打ち解けられそうでもあるが、永遠に近づけそうもない神秘さも感じる。喫茶「メタフィジック」にやってきたコミュちゃんの第一印象はそんな感じだった。
コミュちゃんとは、ビジネス界で引く手あまたのスーパーアイドルのコミュニケーションさん。ここにやってくる「概念さん」の中でも超有名人。リアルの対話で、ウェブ上のやりとりで、メタバースでと八面六臂の大活躍。こんなところで会えるなんて、今日ばかりは自分の職業に感謝した。

「バッドさんお久しぶり」とコミュちゃんはテレビでよく聞く、明るく透き通った声であいさつする。悩みなんかなそうだなと思っていたら、いきなり驚くようなことを言った。
「わたし、そろそろ引退しようかなと思って」
思わず顔を見合わせる僕とバッドさん。
「最近、やってることが薄っぺらく思えてきて。ニコニコして、アイコンタクトをして、その場の雰囲気をよくするテクニックだけが求められているんじゃないかって」
「ふんふん」と軽い感じで相槌を打つバッドさん。
「それぞれの人に向き合って、言いにくいことも言って、お互いが分かり合えるようにするのがわたしの役目ですよね。でも、今のままだと表面的な関係を取り繕うだけ。それって、逆効果だなと思って」
「お客さんに正直に伝えてみれば?」とバッドさん。
「クライアントさんに言ったことがあるけど、そこまで深いことは求めていないって。君は仕事の手段。効率的に表面的な意思疎通ができれば十分。後は論理の問題だって」

「仕事の手段ねえ・・・」と、バッドさんも少し神妙になってきた。
「もうちょっと人生の核心に近いことだと思うけどね」
「わたしとビジネスって相性が悪いのかな・・・。中途半端に活動するくらいなら、いっそのこと引退した方がいいんじゃないかと思って」
「コミュちゃんは昔からまじめだからなー」
「コミュちゃんが引退したら、悲しむ人が多いでしょうね」と、僕はオロオロして中身の乏しいコメントを口にする。
「そりゃあ、コミュちゃんのいない世界なんてありえないよ。グッドさん、彼女が元気になるようになんとかしてくれよ」
コミュちゃんが座り直し、僕に正対してまっすぐに目を見て、「明日、新たに契約した会社の取材を受けるのですが、付き添っていただけますか? わたしに期待されていることを確認したいと思っているのですが、一人だとうまく話せるかどうか不安なので」と言った。
「場合によっては・・・」
「え?」
「最後の仕事になるかもしれません」

■二
広報担当者のサトウ氏は、風変りな服装に身を包んだ、長髪の若い男性だった。コミュちゃんとも、もちろん僕とも初対面。彼はニコニコしながら自然に手を差し出して、二人それぞれと握手をして、「マネージャーさんですか?」と僕に声をかける。「いえいえ、わたしはこういう者で」と名刺交換。
彼はスーパーアイドルを前にしても全くの自然体。さすがに大企業の広報担当、有名人と仕事をする機会が多いのだろう。自由で自然体という言い方も可能だが、ネガティブに言えばチャラい感じがする人だった。どちらかというと僕は苦手なタイプ。
「後で広報部長とか、社長とか、用もないのに顔を出すと思いますが、適当にやり過ごしてください。アイコンタクトに慣れていないので、舞い上がると思いますが。ハハハ」と屈託がない。

「さて、どんな話題にしましょうか?」とサトウ氏がフランクに言う。
なんだ、インタビューの内容を決めていないのか、と僕は思ったが、コミュちゃんがそれに答える。
「もし最後の仕事相手だとしたら何を話す? というのはどうでしょう」
「ああ、面白いですね、そのテーマ。さすが、コミュニケーションさんだ」とサトウ氏はことの重大さに気づかずに、軽く答える。
「じゃあ、コミュニケーションさんは何を話します? この場が最後の仕事だとしたら」
「ただニコニコにして、当たり障りのない会話になるのはいやかもしれません」
「ああ、なるほど。わたしは最後だからこそ面倒なことにならないように、できるだけあっさりしたビジネスライクな会話がいいですね」と冗談めかしてサトウ氏が言う。

「そんなのでいいですか?」とコミュちゃん。
「仕事ですからね。分かり合えるかどうかというより、仕事が前に進むかどうかの方が大事じゃないですかね」
なるほど。その意見は一理ある。
「もしこれが最後の仕事だとしたら、わたしはサトウさんと分かり合えて終わりたいと思います」
さすがにこれはサトウ氏の心にも響いたはず。コミュちゃんからこんなことを言われたら、否定する人はいないだろう。ところが、彼の反応は意外なものだった。
「いや、どうでしょう。分かり合えますかね。相手がだれであっても難しいかなあ。たとえば、わたしは課長と日々いっしょに仕事をしていますけど、絶対に分かり合えるとは思えないです」

■三
ちょっと引き気味のコミュちゃんと僕に気がついて、「仲が悪いわけではないですよ。わりといいコンビだと言われてますから。でも、あの人の生い立ちとか、趣味とか、ライフスタイルとか、わたしと真逆ですからね。分かり合えるとかムリムリ」
コミュちゃんはちょっと考え込んでから、「では、サトウさんの考えるコミュニケーション、つまりわたしの役割ってなんでしょうか?」と問いかける。
「うーん、仕事の手段ですかね。いろんな人がひとつのチームで仕事をするための手段」
「やっぱり手段ですか・・・」と顔を曇らせるコミュちゃん。
「仕事の手段以上の役割があるんじゃないですかね」と僕。これはバッドさんの受け売りだ。

「ところで、分かり合えるってどういうことでしょう? だって、わたしが課長に、あなたのこと、すっかり分かりましたって言ったら失礼ですよね。分かり合うなんてことは本当にありますか?」とサトウ氏。
「最初からあきらめてるってことですか?」と僕。
「あきらめというか、事実でしょ。僕より若い後輩が入って来ても、君のことは分かるなんて言いたくないですね。そんな先輩、嫌ですよね」。なるほど。この意見も一理あると思ったが、どんどんコミュちゃんの思いから会話が離れていっているのでまずい展開。彼女はさぞかし落胆していると思いきや、「そうですね。相手のことは絶対に分かりっこない」と意外な発言。しかも顔に明るさが戻ってきた。

「サトウさん、相手のことが分からなくても対話はしていますよね?」
「もちろん、仕事ですから(笑)。分かる、分からないで差をつけずに対話をしています。分かりそうもない人ほど、ちゃんと向き合わないと」
「ホント、そうですね!」とコミュちゃんが腑に落ちた様子。
「わたしはいつもニコニコしている。だからわたしは明るい人だ。こんな単純なものではないですものね」とコミュちゃん。
「どこか相手のことを『明るい』『暗い』「まじめ』『ふまじめ』なんて、言葉で決めつけてしまう心がありますよね。この人は所詮こんな人だと。そういうのは相手に対する敬意を欠いていますよね」とサトウ氏。なんだか二人の波長が合ってきたようだ。
「曇りのない透明な『分かり合う』なんてありえないですね。そんなことに向かっちゃいけないですね。分かりっこないから、いつも真剣に耳を傾ける。態度を感じ取る。あなたの敵じゃないことを知らせる。そして、決めつけない」とコミュちゃん。
「そう。決めつけたくないし、決めつけられたくない」とサトウ氏。僕はちょっと反省。サトウ氏をチャラいと決めつけていた。話してみると全く違う。決めつけはよくない。

「ちょっと整理させてくださいね」と、僕はなんとか二人にキャッチアップしようとする。
「違いがある。分かり合えない。決めつけない。尊敬する。これらはすべて結びついているんですね?」
「うまくまとめていただいてありがとうございます。そのまま広報誌に使わせていただきます」とサトウ氏。これは嫌味ではなさそうだ。
「じゃあ、コミュちゃんの役割は?」と僕が疑問を呈する。
「違いあって、分かり合えないからこそ対話するんでしょうね。それがわたし。今日のこの場のように」
確かに、全く異なるキャラの三人が、一つのテーマで話していて、なんとなく同じ結論に達している。コミュニケーションとは、確かにこういうことだろう。

■四
話がいい感じになってきたところで、僕は気になっていた疑問を投げかける。
「ところで、コミュちゃんはやっぱり仕事の単なる手段なんでしょうか?」
「うーん、どうでしょう」とサトウ氏。
「サトウさんは課長さんと何から何まで違うけど、きっといいチームなんでしょうね」とコミュちゃん。
「そうなんですよ。自分で言うのもなんですけど」とサトウ氏。
「コミュニケーションが取れてるってことですか?」と僕。
「まあ、そう言ってもいいかもしれません。同じ目的・目標に向かっているという信頼はあります」
「それはとてもいいことですよね。仕事上では分かり合っているんですね」と安堵した様子のコミュちゃん。
「あくまで仕事は、なんですね」と僕。

「でも、仕事っていいですね。いろんな人がつながれて」とコミュちゃん。
「確かに。全く違う者同士が出会って、互いの長所欠点を補いながらチームを組む。メンバーもどんどん入れ替わるけど結果を出す。ちょっと格好よすぎますか?」とサトウ氏。
「そうか。仕事の目的・目標が人を結びつけてるんですね。であれば、人とのつながりの手段として仕事があると考えられませんか?」と僕。
「ああ、そうですね。確かにそういう考え方もできますね。じゃあ、前言撤回します。コミュニケーションさんは、仕事の手段でなくて、仕事がコミュニケーションさんの手段なんだと。いや、これ、どちらでもアリですかね」とサトウ氏。
「はい、どちらもアリですね」とコミュちゃんが生き生きとして返答する。
「わたしが仕事の手段なのかどうか、その逆なのかどうか、もうどうでもよくなってきました」

■五
会議室のドアをノックする音が聞こえ、ぞろぞろとカメラマンと助手が入ってきた。写真撮りの時間になったようだ。
「こんな話で、ちゃんと記事になりますか?」とコミュちゃんが気を遣う。
彼はにっこりして、「狙いと言っては何ですが、こんな会話ができればいいなあと考えていた通り、いや、それ以上のお話ができました。コミュニケーションさんのキラキラしたイメージはそのままに、普段から深く考えていることとして、問題提起としてまとめてみます」
「あ、これからは『コミュちゃん』で大丈夫です」とコミュちゃん。すっかりサトウ氏とも打ち解けたようだ。

「いえいえ、仕事では愛称を使わないようにしているんです。適度な距離感を保つことも、この仕事では大事なことですから。あと、これ、本当に最後の仕事じゃないですよね?」とサトウ氏が確認する。
「もちろん、違います。まだまだ仕事を頑張らなきゃと思いました」とコミュちゃんが爽やかに言った。
サトウ氏は、第一印象とは違って、実に優秀な広報マンだった。コミュちゃんの暖かさと冷たさが同居しているようなたたずまいと、サトウ氏の誰に対しても自然体で接する態度が、とても似ているように感じてきた。

(了)

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